M&A専門誌「マール」

東洋経済新報社
編集局 局次長兼企業情報部長  田北  浩章 氏

日経テレコン21 コンテンツ紹介・インタビュー

第3回 東洋経済会社四季報・全70年

70年後をも見越した先見の明(2009/11/9)

「日経テレコン21」が提供する200紙誌を超える収録コンテンツ。提供元のキーパーソンに聞いたコンテンツの特徴を紹介します。

今回は、10月に記事検索メニューで提供開始した「東洋経済会社四季報・全70年」。提供元は東洋経済新報社で、同社は「会社四季報」創刊70周年の2006年に、創刊号から最新号まで全ページをDVDに収録して発売しました。創刊70周年当時の会社四季報編集長で、現在は編集局局次長兼企業情報部長の田北浩章氏に聞きました。(一部敬称略)


Q. 会社四季報70年の歩みについてお聞かせください。

  四季報は1936年(昭和11年)に関西支局長だった小倉政太郎(1903~59年)のアイデアで発刊されました。発刊の目的は「生きた会社要覧」の提供で、投資対象として企業を見るには年1回の便覧では不十分、四半期ごとの発行が必要、というものです。四半期決算報告が義務づけられた今日を見越したとも言える、ものすごい先見の明と言えるでしょう。今では「週刊東洋経済」と並んで当社の2大看板雑誌となっています。

  四季報の基本的な編集方針は変わりません。業績予想は会社発表の数字をそのまま使わず、記者の取材・分析に基づく独自予想で「会社を評論する」姿勢を守り続けています。創刊当時、記者の数はおそらく10人もいなかったのではないでしょうか。現在では約120名の記者が四季報の原稿を年4回書いています。東洋経済の記者である限りは必ず四季報に携わっているのです。

  四季報の発行部数は日経平均株価に比例して伸びました。ピークは1990年で、1号で100万部を突破しましたが、その後減少に転じました。最近では2006年に増加しましたが、昨年からやや減少傾向にあります。

Q. 創刊号から掲載されている会社はどれくらいありますか?

  創刊号には298社を収録していました。南満州鉄道、大連株式商品取引所、北樺太石油、スマトラ興業など昭和史の断面を覗くような会社名もありました。創刊号から2006年夏号まで一度も欠けることなく誌面に登場し続けた会社はわずかに62社です。その後、阪神電鉄など経営統合で掲載がなくなっている会社が数社あると思います。


※注:日経テレコン21で提供しているうち、2009年秋号まで連続して掲載されている会社は59社です。
1936年から連続して掲載されている会社の一覧を見る


Q. 会社四季報の70年分をDVDに収録して販売したきっかけは?

  2つの理由があります。ひとつは四季報ユーザーの声です。四季報を毎号購入、保管していただいている図書館や企業から保管スペースの問題でデジタル化してほしいという要望がありました。もうひとつは、資料的価値の高い戦前、戦中、そして昭和20年代の四季報は紙の劣化により保存が難しくなったことが挙げられます。

  四季報をCD-ROMで販売を始めたのはここ数年ですから、デジタル化には現物をスキャンする必要がありました。完全に残すために表紙から最終ページまで全ページを取り込んでいます。当社の資料室にも1冊しかない号もありました。そのため一部のページでは書き込みがあったりします。

(※注:日経テレコン21では会社データを掲載する本編のみを提供しています。表紙、目次、附録などは収録していません。)